令和2年4月7日夕、日本国政府は新型コロナウイルス感染症予防対策本部において特別措置法に基づき緊急事態宣言を発令した。個人の外出自粛要請や施設の使用禁止といった私権の制限を伴う強力な権力の行使となるはずであったが、実際には国、自治体、企業、個人において、様々な分断が生じている。なぜであろうか。
7日の緊急事態宣言が発令される数時間前。衆議院議院運営委員会において西村康稔経済再生担当大臣は、緊急事態宣言の利用制限対象に理美容が含まれるかの質問に対し、「(中略)国民の安定的な生活を営む上で必要だと考えている。(中略)理容については、政令で1000平米以上のものについてはその対象になりうるということで指定されているが、通常1000平米以上の理容はあまりないので、街の小規模で身近なところでやっている理美容室、散髪屋は利用制限の対象とすることは考えていない。美容室はそもそも対象に入っていないし、加えることは考えていない(Abema TIMES 2020.4.7)。」という、驚きの見解を述べた。私自身、そもそも前提となっている政令で1000平米以上の理容所が対象となっている前提にも違和感を覚えていたし、理容と美容が区別されていることと、理容を主として見解を述べていることにも大きな違和感を覚えた。厚生労働省の統計によると、全国の美容室の店舗数は平成以降増加傾向にあり約25万軒とされ、コンビニの5万軒と比較しても格段に多い。一方、理容室は平成以降一貫して減少傾向にあり、約12万軒。美容師の数は50万人以上とも言われ、理容師22万人の倍以上とされる。
本来、ここで感染拡大の主たるケースと想定しなければならないのは、都市部を中心として多く見られる100平米(約30坪)前後の美容室であり、これらの美容室は政府や都が呼びかける「3密」を避けることが困難であることが予想され、最も感染拡大が懸念される事業所であることは、想像に難くない。緊急事態宣言が1000平米以上の理容所を想定しているという見解に多くの美容関係者は驚きをもって受け止めたことであろう。この大臣答弁が明らかになる数日前、緊急事態宣言が4月8日に出されるという見込みが報道された時点で、1000平米とは言わないまでも、大きなフロア面積を誇る多くの有名美容室は、当面の休業を発表していた。もし、西村大臣の答弁を待って判断していたならどうなったであろうか、気になるところでもある。一方、小規模の個人店の多くは、政府の保障内容を見守りながら、営業を継続するか休業するかギリギリの判断を迫られ、苦渋の判断を余儀なくされていたことであろう。
私が思うに、商業地やオフィス街などの所謂一等地に立地し、広告やインバウンドなどによる新規集客の比重が高い大型有名美容室などは、バックに大手企業がスポンサーとして存在しているケースも多く、また、人件費においては個人売上と連動した歩合給への比重が高い給与体制を採っているケースもあり、そのような状況下においては休業という選択肢は、ブランドマネジメントなどを勘案すると「止血」と考えればベターな判断とも言える。逆に、小規模の個人店においては休業の保障金などが担保されない休業要請は、売上減少という「出血多量死」を意味し、多くの小規模事業者にとっては経営者及び従業員の生活の基盤すら奪いかねない事態である。つまり、小規模事業者にとっては、命が大事か、売上が大事か、といった二者択一の問題ではなく、それらは同等の意味を持つ。だが、このことが、更なる分断を呼んでいる―。